虫を食べて暮らす16

ザザムシ食という文化

二〇〇七年、スローフードインターナショナルで企画した「味の箱船」プロジェクトの品目に、信州スローフード協会が「ザザムシ」を申請し、イタリア本部の審査でスローフードに認定された。

「ザザムシ」にかぎらず、昆虫全般はかけがえのない伝統食材である。スローフード認定は、味の多様性が急速に失われつつある現代の流れに竿差す慶賀すべき事件だった。


あれから13年、ザザムシ食はいまでも健在だ。長野県の伊那谷を流れる天竜川で取れるトビケラ、カワゲラ、ヘビトンボ等の幼虫の総称ザザムシは、ザーザーという瀬の音がする川に棲む虫からその名がある。伊那市には天竜川漁業協同組合があり、漁期は十二月一日から翌年二月末日の三か月間と決められている。組合員である採集業者は一万五千円を支払い「虫踏許可証」(写真1)を発行してもらう。年によって収量が不安定なのと漁師の高齢化で今年は10人にすぎないという。

(写真1) 天竜川漁業協同組合発行の許可証


ザザムシは高級珍味として土産物店などで販売されている。代表的な昆虫食メーカー塚原信州珍味の売値は一二〇〇円(二五グラム)。同量でカイコさなぎ二〇円、イナゴ一二五円、ハチの子五〇〇円だから、ザザムシがいかに高価かわかる。

二月一日から二日にかけてザザムシ体験をしに伊那へ行ってきた。一日は高遠町図書館で午後一時三〇分から「伊那の冬の風物詩~ざざ虫~」と題した講演を聞いた。講師はザザムシ研究家の牧田豊さん。かつては広く食べられていた記録のあるザザムシが、なぜほかでは食べられなくなり、ここ伊那谷だけに残ったのか。この理由は次の二つにあると牧田さんはいう。

(1)江戸のころ伊那の町のあたりは天竜川の河川敷だったという。明治一二年にこれまで何もなかった土地に町が作られ、伝統に縛られずに自由な発想ができたこと。

(2)大正三年にハチの子の瓶詰が滋養強壮の妙薬として発売されるなど前例があり、ザザムシでも販路を開拓し、儲かるしくみを作ったことで、世代が変わっても新たな担い手が現れたこと。他の食べていた地域では熱心な人がいなくなると消えてしまうことが多い。

牧田さんの今回の講演は、単にザザムシの解説だけにとどまらず、そうした独自の文化を育んだ伊那への故郷愛に満ちた話だった。(写真2)

(写真2) 牧田さんの講演会の様子

そして二日目。いよいよ長年夢見た漁体験ができるので心が躍る。昨日の講師の牧田さんを含め総勢7名が、漁師の中村昭彦さんの指導のもと、天竜川へ入ってザザムシ取りをした。1時間ほどの漁だったが、幸い好天に恵まれて心地よかった。四手網を川下に置き、川上に立って鍬で石をガラガラと裏返し、長靴で踏んで虫を追い出し、それが流れて川下の網に入る仕組みだ(写真3)。

(写真3) 中村さんが足踏みして虫を網に追い込む

網にたまったザザムシを選別器(写真4)にあけ、ザザムシとゴミを分ける(写真5)。昔から「川が荒れると虫が取れない」と言われている。今年は大水がでたので収量は少ないという。それでも小一時間ほどで五〇〇グラムほど収穫があった。

(写真4) 虫とゴミを分ける分別器
(写真5) トビケラが大部分で、カワゲラとヘビトンボが少し混じる

漁を終えてから漁師の中村さんのご自宅へお邪魔して、さっと茹でた鮮度抜群のザザムシ(写真6)をポン酢でいただく。美味い!

(写真6) エビのように加熱すると外皮が赤くなる。
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バグズファーム 店主

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